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monologue #2

2010年8月の立ち上げから3年8カ月にわたって妻と2人で営んだHUTTE。

客席とキッチンをあわせても14坪ほどのささやかなカフェを始めから最後

までいつも温かく見守ってくれ、続けられなくなった日を僕らと一緒になって

悲しんでくれ、さらに閉店から3年が過ぎたいまもなお再開を根気強くまち

つづけてくれているかたがいる。この回想録は、感謝という言葉では到底

おさまりきらない思いをそのかたへ伝えることをひとつの目的として、

閉店後から少しずつ書きすすめているものだ。

文章化にあたって店にまつわる記憶をいちから掘り起こしてみると、たいした

資金も技術ももたない丸腰の状態で飲食業界にエントリーするなんて、

当時はずいぶん大胆な決断をしでかしたなあと我がことながら呆れるような、

いや呆れを通りこして拍手を送りたくなるような妙な感慨が湧いてくる。

いくらきっかけが昔からの知人からの誘いで、そして店舗や最低限の設備

はすでに用意されていたからといったって、勤めて5年になる、それもやり甲斐

を感じ前向きに楽しんでもいた編集者の仕事をあっさり蹴ってまで、よく飛び

込んだものだと。

その頃、開業の参考にと手にしたハウツー本や業界専門誌には、どれ一つ

例外なく、独立開業のキーポイントは数百から1000万くらいの開業資金や

業界内におけるたしかな人脈、どこそこの名門なり老舗なりにおける修業で

獲得した経験値である、そんなふうに書かれていた。入念に練られた計画に

のっとって手にいれた、そうした強力な装備こそがあなたのスタートダッシュ

をしっかりと後押してくれる。一方で、僕らの手持ちの資源といえば妻がこつ

こつと蓄え続けた雑誌の切り抜きやショップカードや、僕が5年の編集者仕事

でストックした人気店の記憶。ほとんどそれだけだった。装備もなにもあった

ものじゃない。まるで鍛え抜かれた筋肉を誇る選手たちが居並ぶ100m走の

スタートラインに、一人だけ場違いな白い肌をした文化部員が手首と足首を

ぷらぷらさせながらぼけっと口を開けた顔で混じっている、そんな様子である。

成功するというイメージもだからまったく描けていなかったし、一日の売上が

どうで、それが1カ月後にはこうなって、そうなれば1年でこれだけの貯えが

できていますという数字的な目安さえ決められていない。決めようがないのだ。

もしそのとき「きみ自営業なめてるよね? 」と誰かに問い詰められていたら、

僕は顔を赤くしてひたすらうつむくしかなかったと思う。「いやあ、やって

みないと何とも」とかなんとかごもごも言いながら。

そんなスタートだったにも関わらず、結末までの3年8カ月はとても満ち足りた、

胸をはって成功したと言える時間だった。経営的なことでいえば開業準備に

あてた資金を充分に回収することもできたし、閉店の瞬間までつねに意欲的

に店に立つことができた。もちろん細かい反省を数えだせば両手じゃ足りない

くらい挙げられるし、今でもときどき暗い気持ちにさせる傷だってあるには

あるが、あのとき誘いを断らなくてほんとうに良かった、僕は素直にそう思える

のだ。

場違いの素人ランナーがなぜ途中で立ち止まってしまうことなく、微笑みさえ

浮かべながらゴールラインをまたぐことができたのか。どんな力が僕らを

そんな幸福な結末へと導いたのか。それはひとえに、つねに僕らに伴走し、

励まし続けてくれた人たちのおかげに他ならない。店と客の関係性をこえた

親密さを失うことなく向き合い続けてくれた人たち。彼らの言葉や存在その

ものがHUTTEのまぎれもない原動力だった。

なにしろ開業からしばらくのあいだは安心材料に事欠く毎日だったから、

客の姿がなくしんと静まった店にいるあいだ、あるいは営業日をおえて店から

離れているあいだなんかに(それが家だろうと旅先だろうと)ふと先の見えない

怖さに身体が縮こまることがしばしばあったのだけど、その人たちがHUTTE

を訪れたときにみせた表情や発した言葉、つまり店の何かしらの要素を

楽しんでくれた証を記憶に呼び起こしたり、あるいは、ただその人たちが

現実としてどこかで生きているという事実を胸のうちで確認するだけでも

その暗い影を遠ざけ、気持ちを波のない状態にもどすことができた。

より具体的に言えば日曜の売上がゼロで終わったとしても「明日は月曜で

KさんとUさんが来るに決まってるんだから、今日のことはまあいいか」

と流せるようになった(いやいや、そう簡単に流しちゃいかんだろうと

思わなくもなかったけど)。彼ら彼女らとの関わりがなければ、HUTTEは

もっと早い段階で畳まざるを得なかった。それが僕の得た結論である。

それぞれ気にいってくださった焼き菓子や珈琲や、あるいは雑貨など

何かしらの「形」を包んで届けられたらそれが一番なのだけど、いまいる

場所ではさまざまな制約があってそれが難しい。こんな駄文がなんの

足しになるんだ、そう思わなくもないけど、もしかしたら、ほんのちょっとの

時間だけでも温かい気持ちに浸ってもらえるかもしれない、そんな願いを

こめて僕なりにまじめに回想録を書き、届けていこうと思う。




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