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monologue #1

「あぁ、生きかえった」。

肌にまとわりつくような暑さがようやくやわらいだ8月下旬の、とある夕方。西日を

みつめながらアイス珈琲を飲んでいた男性が軽いためいきとともに放ったひとことに、

僕は耳を疑った。頭のなかでいま起きた出来事を、予期せぬ瞬間をじっくりと点検

する。そちらの男性はいま「生き返った」と仰ったのか? うん、たしかにそう言った。

おもわず身体がこわばる。困ったことになった。なにしろ褒めない両親のもとで

褒められる喜びを知らないまま育ったせいで、他者からの好意的な評価を大人に

なったいまでも僕は素直に受けとることができない。しかもその日は開業からたしか

まだ一週間たらずというタイミングだったから、接客にしろ珈琲をふくめた調理にしろ、

ぎこちなさはだれがみても明らかだったはずで癒しの要素はどこにもなかったはず

なのだ。それなのに「生き返った」。困った。しだいに胸がざわき始める。

そうとう空気が読めない人なのか。

いや、あえてオーバーに表現してみせて、こっちがどう反応するか試してるのかも

しれない。それとも気を効かせた僕の知人の頼みで「癒され」芝居をうったバイトの

可能性もある。つぎつぎ浮かぶ卑屈な想像がますます頭を混乱させる。もう

カウンターのかげに隠れたい。隠れたままでいたい。

ところがどうだろう、この方は会計のさいにも「こういう店をまっていた」とか「また

すぐ来ますから」なんておっしゃる。しかもその表情に演技しているような不自然さ

はまったく感じられない。もし嘘を隠していたら、こんなにもまっすぐ視線を投げて

こないはずだ。つまりは、と僕は、彼をドアの向こうに見送った後で考え直した。

きっとほんとうに再生したような気持ちにさせてあげられたんだ、と。さっきまで

見ず知らずだった人の渇いた心が、じぶんたちの手がけたものに触れ、口にする

ことで潤いをとりもどしたという事実。それを理解したとき、心が震えた。狭い思い込み

の檻から抜けた先で視界がおおきくひらけていくような清々しい感覚が湧きあがる。

このままでいいんじゃないか、こんな2人でもでもやっていけるんじゃないかという

安堵があって、あらためて目をむけた店内の西日に照らされるさまが美しくて、

これはなんという1日だろう、この手ごたえの大きさはいったいなんだと、ちょっとの

あいだ声を失ってしまったことを、あれから5年いじょうが経った今も鮮明に

覚えている。



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